COLUMN

2019.08.16

「恋する色彩」第二回

松原 江里佳 written by 松原 江里佳
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  • 今、この街は変わろうとしている――
  • 渋谷の街を高層階から見下ろすと、サナギが美しい蝶へと生まれ変わってゆく瞬間を観察しているような気分になります。自分が生まれ育ったこの街が鮮やかに変貌を遂げる様子を、私はただただじっと見つめているのです。目まぐるしく行き交う人の群れの中に、自分の大切なモノが紛れ込んでいるかもしれないと、心のどこかで焦りながら街を見下ろしてばかりいました。
  • 見上げればそこには、抜けるように高く、掴めないほど澄んだ青空があるのに。

  • その青空に向かってそびえ立つのが、渋谷一の高層建築であるセルリアンタワー。晴れた日にはガラス窓一面に空の青が映って、タワーが「スカイブルー」のドレスを纏ったかのようです。輝くジュエリーのごとく日差しはキラキラと反射して、タワーの存在感を渋谷の街に放ちます。

  • セルリアンとはラテン語を起源とする「空色」のことで、まさに青空と太陽を味方につけたような眩しくて逞しいこのタワーそのもの。
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  • 恋する色彩。
    今日の私が出会ったのは、青を愛し、青に愛されたタワーを彩る色たちです。
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  • セルリアンタワー東急ホテル ガーデンラウンジ「坐忘」。ひとたび足を踏み入れると、渋谷の喧騒が遠い昔の事のように思えるほど、穏やかな空間が広がっています。
    枯山水の庭園を眺めながらいただくアフタヌーンティーセット“トゥール・ド・アンサンブル”は3段のティースタンドスタイル。日本古来のくつろぎの中で、華やかな西洋を味わうとは何とも粋なおもてなしです。
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  • 「ガーターブルー」の制服に身を包んだスタッフが、カーペットに描かれた波紋の上を爽やかに歩く姿は、ころころ転がる雫のよう。この灰みがかった濃い青は、イギリスの最高勲章であるガーター勲章に用いられるリボンの色です。
    ガーターとは靴下留めの事で、宮廷舞踏会でエドワード3世と踊っていた伯爵夫人が落とした左脚のガーターを、エドワード自身が見つけて左脚につけたという逸話があります。女性への細やかな気遣いと、機転を利かせた国王の行動を思い起こさせる、揺るぎない青。洗練されたサービスと、どこか通ずるものがあります。
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  • こちらのアフタヌーンティーはオードブルも充実しているのでランチにもおススメ。
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  • 涼やかなジュレに包まれた「トマトレッド」と輝かしい黄色の「ジョンブリアン」のチェリートマトは酸味と甘みを両方楽しめます。南米原産のトマトは、ヨーロッパへは16世紀ごろ伝わりましたが、なんと当初は観賞用だったそう。食用にされたのは18世紀以降といわれています。こんなにビタミンが豊富で美味しいトマトを、200年ものあいだ眺めていただけとは…もったいない。逆に言えばトマトカラーは鑑賞に値するほど美しい色だったということでしょうか。

  • 「インディアンイエロー」をしたマンゴーの果肉入りスコーンは、ほっくりやわらか食感で爽やかな甘みがなんともトロピカル。季節のフルーツジャムやクロテッドクリームとの相性も抜群で、食べごたえもあります。

  • このインディアンイエローは変わった製造方法として知られていて、その奇抜さから生産中止となった色でもあります。というのも、マンゴーの葉だけを食べさせて育てた牛由来の顔料で、その牛たちは栄養不足により非常に短命だったそうです。動物愛護の観点から当時の製造方法ではなくなりましたが、この名前は現存しています。奇しくもマンゴーの果実の色が、今では幻となってしまったインディアンイエローだとは牛たちも思わなかったでしょう。色の歴史は本当に興味深いです。

  • 季節ごとに変わるメニューで楽しませてくれる坐忘のアフタヌーンティーでは、およそ30種類ものティー・セレクションから選び放題。各テーブルから、さまざまな香りが華やかにたちこめます。アペタイザーに合う日本茶や中国茶はもちろん、デザートと一緒に味わいたいフレーバーティーやハーブティーなどもあり迷うのも楽しいです。

  • 私のお気に入りは坐忘オリジナルブレンドのグラスランド。カモミールのほのかな甘さとレモングラスのすっきりとした味わいに、あとからふんわりとラベンダーの優しい香りが広がります。

  • 「ミモザ」をぐっと澄み切らせたような繊細な色で、見た目からもリラックスできます。植物のミモザはアカシアの一種で、葉はとても敏感。少し触れただけでパントマイム(ミモス)のように葉をたたんでしまうことから、この名前が付いたそうです。
    黄色いミモザの花言葉は、秘密の恋。インディアンの若い男女が愛の告白代わりに相手へ贈っていた花でもあり、触れると恥らうように閉じる葉の様子が、初々しい男女にぴったりですよね。

  • コックリとしたなめらかさが魅力のクリームチーズ豆腐は、まるで春の花畑のように色彩豊か。海の黄緑をさす「シーグリーン」のセルバチコソースはハーブの爽やかな苦みがほのかに広がり、豆腐の甘みをしっかり引き出しています。「オーキッド」の花穂紫蘇は、噛んだ瞬間に大人の香りが花開き、そこに「マンダリンオレンジ」のからすみの深みある塩気が加わり、「オールドローズ」を思わせるみょうがの青々しさが味を引き締めます。このコンパクトな一皿に、見事なまでの色の花が咲き誇っています。

  • やわらかい紫の「オーキッド」は、ラン科の花の色からつけられました。昨年のシンガポール旅行で知ったのですが、蘭(=オーキッド)はシンガポールの国花だそうです。植物園に咲き乱れる優雅な蘭の花々を思い出し、一緒に行った母の笑顔も浮かんできます。私はこの色を見るだけで、瞬く間に心があの日にもどります。まさに、色は心のタイムマシーンだとしみじみ感じます。

  • 「スノウホワイト」のグラニュー糖、「アンバー」のザラ糖に、ややくすんだ茶「マシコット」のメイプルシュガー、「イエローオーカー」がアクセントのフレンチシュガーに「ブロンズ」のコクのある黒糖…と砂糖の種類も豊かで、飲み物とのマリアージュを存分に楽しめます。

  • 艶やかで華のある「クリムスン」のベリージュレは、クランベリーの酸味にミントの爽快感が効いています。深い紅色とは対照的に、軽やかな口当たりでのど越しもなめらか。「クリームイエロー」のココナッツスコーンは、ホクホクな生地にシャキシャキ食感がアクセントに。ヨーグルトのパンナコッタは愛情深いバナナの甘みに、「クロームイエロー」のパッションフルーツソースのフレッシュさが活きています。
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  • オランダの画家であるゴッホの「ひまわり」はこのクロームイエローを使って書かれたといわれています。そのほかにもゴッホの作品にはイエローが効果的に使われています。1809年にヴォークランという化学者がこの色の析出に成功していなかったら、あの名作は生まれていなかったかもしれません。色彩文化は芸術の歴史に大きく影響を与え、何百年という歳月を経てもなお人々を魅了する作品を生むのです。
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  • それぞれの人生には、それぞれのテーマカラーがあります。ゴッホはクロームイエローに出会い人生が大きく変わりました。私はマゼンタピンクのパワーでアナウンサー人生がスタート。さて、皆さんの人生のカラーは何色ですか。
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  • タワーのテーマカラーにちなんで、アフタヌーンティーのドレスコードは青。
    もちろん、私が勝手に決めたことですが、セルリアンタワーに行くならば、青しかないと思いました(笑)

  • 私が着ているストライプはくすんだ紫みの青の「ヒヤシンス」。
    諸説ありますが……実は、ギリシア神話で神の嫉妬から生まれた花に由来する色なのです。
    美少年ヒアキントスは太陽神アポロンと西風の神ゼピュロスに愛されていました。あるときヒアキントスとアポロンが円盤投げをして遊んでいる様子をみたゼピュロスが、嫉妬心から強い風で円盤を煽ります。そのせいでアポロンが投げた円盤はヒアキントスの額に直撃し、美しき少年は命を落としてしまったのです。そのとき流れた大量の血から生まれた花がヒヤシンスといわれています。

  • ヒヤシンスの花言葉は「悲しみを超えた愛」。切ないお話のようにも聞こえますが、性別を超えて神々を魅了したヒアキントスへ思いを馳せずにはいられません。
    いたるところに、ブルーを感じるタワー。自分も青を纏っていると、このタワーに優しく包まれているような不思議な一体感があります。ブルーはリラックス効果が高いとされている色なので、心の安らぎを一層感じることもできるはず。タワーを訪れるときはブルーを身に付けて、非日常を感じてみてはいかがでしょうか。
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  • 遠くに聞こえる、微かな人の波音。さまざまなエネルギーが行き交う、東京・渋谷。カタっと、空になったティーカップをテーブルに戻せば、また日常が私を呼び始めます。
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  • 再開発が進んでいる渋谷で、セルリアンタワーは一番高い建物ではなくなってしまいます。けれど、このタワーが背負う青空は、ずっと変わらず世界中と繋がっています。
    ビットバレーと呼ばれ、IT企業も多くあるこの街は、若い力が成長し活躍する場所でもあります。まだ青い力が、青い時間を過ごし、少しずつ未来を大きく変えてゆく。その発展を見守る、父のようでもあり母のようでもある青いタワー。青がつないできた想いと歩みは、これからも紡がれ続けるのです。
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  • 変わりゆくこの街で、変わらない私だけの青空があるように。
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  • 恋する色彩。きっと私は、明日も恋をするでしょう。


  • ※取材は2019年7月に行われました。
    ※ガーデンラウンジ「坐忘」 トゥール ド アンサンブル
     本文に記載のメニューは2019年7月のメニューとなります。
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  • 参考文献…『色の名前事典507』(著:福田邦夫、発行:主婦の友社)、『色彩検定 公式テキスト1級編』(監修:内閣府認定 公益社団法人 色彩検定協会、発行A・F・T企画)

松原江里佳

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