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2020.07.17
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伊勢。神の国からあの歴史の舞台へ⑥

名古屋から伊勢にかけての伊勢湾沿いの一帯は、
神々の時代や、そして天下を争った武士たちの時代に
数々の物語を生み、日本の歴史を形づくってきた地。
いまに伝わり、脈々と生き続けるその遺産を訪ねよう。
背後に息づくドラマと文化に思いを馳せて。
  • TEXT
  • Michiyo Nishiuehara
  • PHOTO
  • Seiichi Saito
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木曽川沿いの要衝にあり歴史の物語が息づく地

  • 旅の最終日、郊外へ足を伸ばして犬山城を訪れた。築城は1537年、現存する12天守の中では最も古い。国宝のこの名城は、信長の美濃攻めや家康と秀吉が対峙した小牧長久手の戦いなど、数々の戦国の勢力争いに登場する。

  • 1537年に城を築いたのは、織田信長の叔父、織田信康。木之下城の城郭を移築したといわれ、当時は2階の造りだったそうだ。木曽川沿いの小高い山の上に築かれ、中山道と木曽街道に通じ、木曽川の水運の要衝を押さえる城として、戦国時代には目まぐるしく城主が交替した。小牧・長久手の戦いでは秀吉軍の池田恒興の手によって落城し、のちに秀吉が入城したといわれる。1617年から徳川家重臣成瀬家が城主になり、明治維新後いったん県の所有となったが再び成瀬家に譲渡され、2004年に公益財団法人犬山城白帝文庫のものとなるまで唯一の個人所有の城だった。
  • 最上階には歴代城主の肖像・写真が飾られている。ちなみに驚くほど男前な最後の城主12代成瀬正俊氏の写真は、篠山紀信氏の撮影とか。
  • もっと後に造られた大名の権威を示す豪壮な平城とは違い、犬山城は濃尾平野の小高い山の上に築かれ、小ぶりでいかにも実戦向きだ。城にたどり着くまでもひたすら階段を上り、城に着いたらまた階段。昔の武士は重い具足をつけて、こんなに狭くて急な階段を上り下りしたのかと驚きつつ、たどり着いた最上階――。
  • 360度の眺望に息を呑んだ。
  • 濃尾平野が一望のもと。眼下には木曽川、はるかかなたに伊吹山や名古屋駅のビル群も見える。ビル群の手前に重なって見える緑の丘は、小牧・長久手の戦いで徳川家康が陣取った、小牧城があった場所だ。
  • ――信長や秀吉もここから天下を見渡して策を練ったのだろうか。
  • しばし想像の翼を羽ばたかせる。絶景を前に、頬をなでる風が心地いい。

国宝 犬山城

  • 犬山市犬山北古券65-2
    TEL:0568-61-1711
    inuyama-castle.jp
    ※ Webサイトで最新情報をご確認の上、お出かけください。

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