日本遺産とは?
- その地域に受け継がれる歴史や文化を物語として紡ぎ、ストーリーとして多くの人に伝える、文化庁が認定する取り組みです。伝統行事や風景、建築物など、地域に根ざした多様な魅力が、新たな発見や感動を生み出しています(2026年5月現在・全国104件のストーリーを認定)。
※東急ホテルズ&リゾーツは、文化庁と「日本遺産オフィシャルパートナーシップ」を締結しています。
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技と風土が茶を深めていく
- さらに江戸時代には「日本の緑茶の祖」とも呼ばれる永谷宗円によって生み出された「煎茶」によって、宇治の茶は、またひとつ大きな発展を遂げた。
- 蒸した茶葉を手で揉み、乾燥させる。
- この一連の手仕事によって、茶は鮮やかな緑を保ち、香りと味わいを最大限に引き出すことが可能となった。この製法によって、限られた場だけで楽しまれていた茶は、より広く人々の暮らしへと入り込んでいく。
- 煎茶は全国へと広がり、日本人の日常に深く根付いていった。
- 「ひとりが生み出した工夫が、その後のお茶の文化の広がりに大きく影響しているのを知って驚きました。復元された永谷宗円の生家も見どころのひとつです。とても落ちついた雰囲気で静かな気持ちにさせてくれます」(アミンディ)
永谷宗円生家/茶宗明神社
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煎茶を生んだ革新の地

復元された生家は、焙炉跡を保存するために建設された家屋。

茶宗明神社は宗円を「茶宗明神」とし、茶祖の功績をたたえる。(宇治田原町)
- 宇治茶の先人たちはさらに上質な茶を追求し、覆下栽培と宇治茶製法を結びつけ、「玉露」を生んだ。
- また、山城地域の豊かな自然環境を活かし、山間の傾斜地には露天園を、平地には覆下園を広げることで、山城地域特有の茶景観を形成していった。
- 積み重ねられてきた時間は、いまも風景のなかに残されている。その代表が「和束・石寺の茶畑」、山なり茶園の景観。京都府指定の景観資産の第1号だ。
- 「目にした瞬間に圧倒されます。きっと誰もが驚く光景です」(アミンディ)
和束(わづか)の茶畑
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山なり開墾が生んだ美しい横畝(よこうね)模様

京都府内でもっ とも多くの茶を生産する和束町。
大量の茶葉を生産するため、農家近くの山腹だけでなく、山頂まで開墾された山なり茶畑は、「石寺」などの地域に。(和束町)
浜茶と流れ橋
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木津川両岸に広がる茶畑と日本最長級の木製の橋

木津川河川敷では現在良質な「碾茶」栽培が盛んで、両岸には茶畑が広がっている。右岸と左岸を結ぶのが、日本最長級の木製の橋である流れ橋(上津屋橋)。風光明媚な景色が広がり、時代劇などロケにも使われている。(八幡市・城陽市・久御山町)
- 山の斜面に沿って連なる茶畝。その曲線は、自然と人の営みとがせめぎ合い、やがて調和していったことで完成した。
- 育まれた茶は、やがて町へ。木津川の水運を背景に発展した上狛の茶問屋街では、各地から集められた茶が取引され、全国へと送り出されていった。
- 「上狛茶問屋街。ここも訪れるべき場所です。古い木造家屋と狭い道が連続する空間は、歩くことそのものが特別な体験になると思います」(アミンディ)
上狛茶問屋街
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茶が行き交った流通の拠点

木津川の水運を背景に発展した上狛。最盛期には、120軒ほど茶問屋が軒を連ね、現在でも40軒ほどが残されている。「茶問屋ストリート」とも呼ばれるまち並みには、往時の気配と茶の香りが漂う。(木津川市)写真提供:(一社)木津川市観光協会
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