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2021.07.30
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―金沢で味わう「夏の色彩」-
「恋する色彩」第六回

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  • Erika Matsubara
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  • ―見えなくても、そこにあるもの―

    タイムマシンがあったなら過去と未来、私はどちらへ行くでしょう。
    幼いころなら、迷わず未来と答えたはず。
    だって私は、昨日を慈しむより、明日を願っていたから。

    過去という名の戻らない日々に、思わず手を伸ばしたくなったのは、その景色が、人が、瞬間が、どれほど幸せで大切か気付いたからです。

    これから先もずっと未来としか会えない私たちは、過去を抱きしめることは出来ないけれど、この街なら、もしかしたら…。

    静けさの中に、街の記憶がよみがえる
    人々の行き交う気配、話し声、着物がこすれる音
    当時の「あの夏の日」が鮮やかに映し出されてゆく、雅やかな歴史都市・金沢。

    ノスタルジー。
    そんな言葉がよく似合うこの街で、一泊二日の金沢色めぐり。

    恋する色彩 
    今日の私が出会ったのは、金沢で味わう「夏の色彩」です。

    人生初の金沢での宿泊先は「金沢 東急ホテル」。
    兼六園や金沢城公園、ひがし茶屋街へのアクセスも良く、金沢を代表する観光スポットを散策できる好立地です。便利な繁華街にありつつも、武士とすれ違えそうな街並みの長町武家屋敷跡地も徒歩圏内と、金沢の魅力を身近に堪能できます。
  • ヒノキの香りに包まれたエントランスをくぐると、まるで金箔をまとったかのようなラグジュアリーな内装と、ゆとりのある贅沢な空間がお出迎えしてくれます。上品で落ち着いた雰囲気のフロントを抜けたどり着いたのは、洗練された和モダンのラウンジ「マレ・ドール」。

  • こちらでは、ホテルパティシエが創作するスイーツで金沢の夏を味わえます。
    この日、いただいた「アフタヌーンティー“金澤”~味波(みなみ)~」を、今回はイタリアとフランスの伝統色でご紹介していきます。

  • 波のように押し寄せる味の変化をイメージして“味波”と名付けられたアフタヌーンティは、三段のお重から一度で甘み・酸味・塩味などのさまざまな味の変化が楽しめます。
  • 夏らしいBBQスタイルでいただく串焼きは、「シャモワ(Chamois)」のような焦げ目がついたハーブが薫る自家製サルシッチャがジューシー。クミンやコリアンダーなどのスパイスが効いた、アクティブな味わいです。茶褐色をさす「シャモワ」は、フランス語でヨーロッパの高山に生息するシャモワ属のカモシカの皮のことをいい、現在では一般に精製して作られたなめし革の色名になっています。

  • 白ワインビネガーでまるみのあるあっさりとした味わいに仕上げた魚介のエスカベッシュは、「アランチョーネ・カロータ(Arancione Carota)」の人参が色鮮やか。
    カロータとはイタリア語で人参のことをいい、この色はまさに人参のオレンジ色をさします。

  • 「クレーマ(Crema)」色のソースをからめていただくマンゴーと小エビのカクテルは、隠し味の西京味噌が小粋な後味を演出しています。
    「クレーマ」はフィレンツェを発祥とするジェラート・クリームの色で、ジェラートとはイタリア語で「凍った」という意味。ジェラートはもともとクリーム色をしていますが、そこにさまざまな香りや果汁を加えることで色賑やかなイタリアの街並みに映える冷菓となっています。
    イタリアといえば、8年前に母との旅行でフィレンツェのジェラート屋さんへ行ったときのこと。イタリア語が全く分からず指差し英会話でオーダーを強行突破し、その間に何か尋ねられていた気もしましたが、照れ笑いで華麗にスルー。そんな私に優しくジェラートを差し出してくれたあのイケメン店員さんは今もお元気でしょうか。正直本場のジェラートの味はあまり覚えていませんが、店員の方がただただ素敵だったことはしっかりと覚えています。

    甘さ控えめなフレンチトーストは、フランス色名「グロゼーユ(Groseille)」の三種のベリーソースをかけていただきます。フランスなどのヨーロッパで豊富にみられ、解熱剤やジャムなどの材料としても広く使われていた西洋スグリを「グロゼーユ」といい、西洋では昔から太陽や知恵の象徴と考えられていたそうです。「ジョーヌ・ナルスイス(Jaune narcisse)」のパン生地はシナモンとバニラオイルの香りがふんわり広がり、たまらないもっちり食感です。能登のめぐみ卵を使用した地元愛を感じるフレンチトーストは、熱々のうちに。
  • フランス語でスイセンの黄色は「ジョーヌ・ナルスイス」で、ギリシャ神話の美少年ナルキッソスに由来します。彼は泉に映った自分の姿に恋をしてしまい、あまりの愛おしさにくちづけをしようと水面に近づきそのまま水の中へ落ちてしまいました。その後、そこにはスイセンの花が咲いたといわれています。このお話は諸説あり、水の中の少年(自分)に恋い焦がれすぎて離れられなくなり、やせ細ってついには命を落としたともいわれています。
    自分の想いに応えてくれることはない少年を目にしたとき、自分が今まで誰の気持ちにも決して応じなかったことの罪深さを知ったナルキッソス。彼を愛したものは男女問わず悲劇的な結末を迎えていますが、彼自身もまたその美しさによって狂わされた一人なのかもしれません。他人を愛せなかったナルキッソスが最初に誰かを愛した時が彼の最期になるとは…この色名は、運命とは時に無情であり、愛することの底知れぬ力と教えを説いてくれる色でもあるのです。水辺でうつむきがちに咲くスイセンの花。あたかも自分の姿を覗き込むようなその姿を見るたびに、ナルキッソスの恋が今もまだ続いているような気がしてなりません。

    「ローザ・ディ・トスカーナ(Rosa di Toscana)」のフランボワーズパウダーをまぶしたブールドネージュは、ほろほろほどける食感に酸味が合わさり口どけ軽やか。トスカーナは「花のトスカーナ」ともいわれるほど美しい花の産地でもあります。中でもバラの花はその色彩の美しさからイタリア人にとても愛されているそうです。そんなトスカーナのバラの花を思わせるトスカーナピンクは、愛らしくしおらしい色で、見るものの心を癒してくれます。
    イタリアの古代都市・ポンペイの黄「ジャッロ・ポンペイアーノ(Giallo Pompeiano)」のかぼちゃブリュレは、加賀野菜・打木赤皮甘栗かぼちゃの後を引く甘みが魅力。キャラメリゼされたサトウキビの甘みはコクがあり、ぽってりとしたかぼちゃの味わいと相性抜群です。

  • 季節のフルーツが飛び込んだブルーハワイのジュレは、フランス南東部の空の青をいう「ブルー・シエル(Bleu ciel)」の色。涼やかなのど越しに、メロンとレッドグローブの甘酸っぱさの水しぶきが爽快な一品です。
    シェフの遊び心満載のその名も「びっくりレモン」なるデザートは、見た目がまさにレモンそのもの。
    バチカンの黄「ジャッロ・ヴァティカーノ(Giallo Vaticano)」の表面をフォークで割ると、中からあふれる夏の香りはレモン果汁たっぷり。
    清涼感とビタミンパワーで心も身体も元気になれそうです。

  • 黄色の食べ物は消化器系の働きを活発にし、食欲を高める色とされています。身体を浄化する機能もあるといわれているので、暑い季節に嬉しいシェフからの贈り物です。
  • 金沢らしさを詰め込んだパリブレストならぬKanazawaブレストは、金沢で親しまれている加賀棒茶をテリーヌにして忍ばせた、和洋共演スイーツ。口の温度でふんわりとろけるフランスの砂色「サーブル(Sable)」のアーモンドプラリネと加賀棒茶の濃厚な香ばしさが、金沢の優美な茶屋街にもぴったりです。
    ほんのりローズヒップを感じる白ワインジュレは「フクシア(Fucsia)」カラーの食用花を閉じ込めて、より華やかに。煌びやかな形と色でありながら下向きに咲く姿から、貴婦人のイヤリングともいわれているフクシアの花。イタリア語でフクシアの赤紫をさすこの色は、のちに誕生し3原色のひとつとなる「マジェンタ(Magenta)」とも非常に似ていて印象深い色となっています。
    斬新な食感と組み合わせが楽しめるのは「ミエル(Miel)」色のおかきでコーティングされたチョコレートフリット。フランス語でミエル(=蜂蜜)のような色をした表面をカリッとかじると、中からトロっとチョコレートが溶け出します。ラム酒の香り立つレーズンが、芳醇な甘味に仕上げてくれます。
    最後にご紹介するのは、シェフのおすすめケーキである抹茶のオペラ。スタンダードなチョコレートオペラとは一味違い、力強い抹茶の香りが空を舞う、苦みと甘みが調和した気品あふれるケーキです。雲のようなクリームに金沢らしい金箔を添え、「ヴェルデ・ヴェローナ(Verde Verona)」を思わせる深みのある緑が、どこか凛とした表情を見せてくれます。
    土性顔料・緑土の産地であるイタリアの都市・ヴェローナは、歴史的建造物や遺跡が数多くあり、世界文化遺産にも登録されています。またシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台として知られ、恋のパワースポットとしても多くの観光客を魅了してきました。



  • 恋の成就を願う乙女の祈りは万国共通、ジュリエットのような情熱的な恋を一生のうちに一度はしてみたいものです。
    恋愛祈願といえば、ここ金沢にも縁結びの神社があるんだそう。これはかなり興味がありますが、それは次回ご紹介します。

  • まったりとした時間のなか、夕暮れがゆっくりと顔をだせば、ラウンジ横にあるレストランからディナーの準備の音がはじまります。

    さて、夜がやってくる前に、この日のお部屋を覗いてみましょう。
  • 今回私が宿泊したのは「プレミアツイン小上がりタイプ」のお部屋。和を基調としたお部屋で、木のぬくもりを感じながらゆったりとくつろげます。シンプルさのなかにおもてなしの心が光り、上質で落ち着いたしつらえが旅の疲れを癒してくれます。



  • 個人的なお気に入りポイントは、洗面台が二つあるパウダールーム。
    何かと渋滞が起こりがちな洗面台ですが、夜の眠い時間も朝の急いでいるときにも、これならゆったりと快適に準備ができます。



  • アメニティもとても充実しているので、最低限の荷物だけで来ても安心なところが嬉しいです。

  • お部屋を一巡りして、興奮のうちに思わずベッドに倒れ込む。広々としたふかふかベッドは、寝返りによる落下の心配もありません。ゆるやかに沈む体から伝わるベッドのやわらかさに、忘れていた眠気がドアをささやかにノックします。

    華やぐ香り、豊かな色合い、涼やかな食感から、夏の海を感じるアフタヌーンティ“味波”。
    味わいとともに幸せも波のように押し寄せては、心の味覚に焼き付いてゆく。
    記憶を思い出に変えながら、街がぽつりぽつりと明かりを灯す。明日の出会いは何色なのか、期待と安らぎで瞳を閉じれば、金沢の空に夜が降り出します。

    見えなくても、そこにあるもの、この夏の日の記憶はずっとここにある。

    恋する色彩。きっと私は、明日も恋をするでしょう。

    次回、「恋する色彩」もお楽しみに!

  • 参考文献…『色の名前事典』(著:福田邦夫、発行:主婦の友社)、『フランスの伝統色』(著:城一夫、発行:パイ インターナショナル)、『イタリアの伝統色』(著:城一夫、長谷川博志、発行:パイ インターナショナル)

「恋する色彩」

松原江里佳


  • 松原江里佳(フリーアナウンサー)
    1989年5月5日生まれ。東京都出身。
    札幌テレビ放送でアナウンサーを務め、2015年フリーアナウンサーに。現在は日本テレビ「news every.」リポーター、FMヨコハマ「COLORFUL KAWASAKI」にレギュラー出演の他、日本テレビ「踊る!さんま御殿‼」、「今夜くらべてみました」等のバラエティー番組にも出演。テレビやラジオ、イベントの司会など様々な場で活躍。色彩検定1級、カラーセラピストの資格も持つ。
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