日本遺産とは?
- その地域に受け継がれる歴史や文化を物語として紡ぎ、ストーリーとして多くの人に伝える、文化庁が認定する取り組みです。伝統行事や風景、建築物など、地域に根ざした多様な魅力が、新たな発見や感動を生み出しています(2025年5月現在・全国105件のストーリーを認定)。
東急ホテルズ&リゾーツは、文化庁と「日本遺産オフィシャルパートナーシップ」を締結しています。 
浦添にはじまる王国のかたち
- かつて、沖縄は三つの国に分かれていた。北山、中山、南山ーー海を渡って届く交易の香り、島々を結ぶ風の道。そのただ中で、尚巴志(しょうはし)が立ち上がる。
- 15世紀初め、三山をひとつに束ね、やがて生まれたのが琉球王国だ。中国や日本、東南アジアなどと交流を重ね、独自の文化を育み、「守礼(しゅれい)の邦(くに)」、礼節を重んじる国としてその名を広めていった。
- 訪れる異国の賓客を、丁重にもてなすこと。それは、王国にとって、何よりも大切にしていた志だった。
- はじまりの舞台は、那覇の北に位置する浦添(うらそえ)の丘。このグスク周辺には、中山王(英祖王統=尚巴志以前)によって王陵や寺院が築かれ、時代の経過とともに王国が形づくられていったようだ。
- 「琉球王国といえば、首里城が真っ先に浮かびますが、原点は浦添です。遺産の見どころを、もう一度見つめ直してみると、やはり浦添は印象的な遺産ですね」(福嶺)
- やがて尚巴志は、王国の都を首里に移し、首里城を拠点とする。より洗練された〝もてなし〞の舞台がここに誕生した。
- 相手を敬い、心を伝え、縁を深めるーー。
- その精神こそが、時代を超えて、いまも息づく〝守礼の心〞だ。
浦添城跡
-
浦添の丘に築かれた琉球王国の面影

13世紀に築かれ、14世紀には高麗系瓦ぶきの正殿を中心に、石積み城壁で囲まれた大規模なグスク(城)。後の王都首里の原型がここでできあがった。
中頭方西海道
-
王国から続く、かつての主要街道

王府からの命令伝達や、納税のために造られた。「公事道」とも呼ばれる。首里城を基点に浦添城を経て、読谷、さらに恩納や国頭へ至る道。石畳に往時の面影が残る。
首里城跡
-
琉球王国の政治、外交、文化の中心地


日本と中国の建築様式が混在する、沖縄最大の木造建築物。冊封使滞在のときには、式典が執り行われ、北殿前に舞台を設営、さまざまな芸能が演じられた。
識名園
-
琉球王家、最大の別邸

国王一家の保養や外国使節の接待などに利用。1799年につくられ、翌年に冊封使が招かれた。琉球式結婚式の会場などにも使用されている。
Travel Navigator

- 那覇東急REIホテル 福嶺沙季

