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2019.11.29
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SPECIAL INTERVIEW "AKANE TESHIGAHARA"
勅使河原茜
草月流家元が花をいける理由

日本古来の華道を現代アートへと昇華して世界を驚かせ、『花のピカソ』と呼ばれた稀代の天才、勅使河原蒼風が創始した草月流。
第四代家元の勅使河原茜さんは、その魅力を伝えるために国内外で 精力的な活動を続けています。ザ・キャピトルホテル 東急のメインエントランスを彩る草月流いけばなを見上げながら、花をいけることの現代的意義についてお話をうかがいました。
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  • Takuji Ishikawa
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  • Masatsugu Ide
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  • ここは祖父、勅使河原蒼風の時代からの想い出の場所なんです。前身の東京ヒルトンホテルの開業は、東京オリンピック前年の1963年。その当時から、蒼風が花をいけさせていただき、現在も草月流の作家が引き継いでいます。エントランスを入って真正面の場所ですから、どれくらいの方に素通りをせずに、心を動かしていただけるか。私たちいける側はそれを目ざしています。これだけ大きな作品を大勢の方々に見ていただけるのは、やはりホテルという空間だからこそ。いけさせていただけることに心から感謝しています。
  • ザ・キャピトルホテル 東急 ロビー中央の草月流いけばなの前で。建築家、隈研吾氏が手がけた和モダンなロビーでひときわ精彩を放つ。
  • そういうことを始めたのも蒼風なのですが、自分の祖父ながらすごい人だったと思います。若い頃は異端児で、「あんな人がいけばな界にいては困る」とおっしゃる方もいらしたそうですが、祖父は「誰がいけても同じでは意味がない」と言ってました。いける人間が違うんだから、いけた花が違ってあたり前。花はいけたら、その人になる、と。誰がいけても同じ形になる、それが「いけばな」だという考え方が主流だった時代ですから、なおさら異端視されたんでしょうね。
  • そういう自由な作品が海外で絶賛されて、逆輸入ではないけれど、祖父が日本に帰ってきたら「すごい人だ」ということになった。
  • 幼い私には、そういうことはわかりません。子どもの目に映った祖父は、「おもしろい大人」でした。当時一緒に暮らしていたんです。自由で何でもありで、この人何なんだろうというくらい不思議な人でした。
  • たとえば炊きたてのご飯に、薄焼きのおせんべいを突き刺し、お醤油かけてお茶をかけて、「これが世の中で一番、おいしいものなんだよ」って(笑)。祖母は「お行儀が悪い」って怒るんだけど、おいしそうに食べるんです。私たち子どもはうれしくてね。生活のすべてが、楽しい遊びになってしまう人でした。
  • そういう自由な心があったからこそ、あの時代にあんなことができたのだと思います。祖父の作品は、今もまったく古くなっていない。時代にとらわれていなかったから、遠い先の未来まで見透すことができた。先見の明があったんだと思います。
  • ザ・キャピトルホテル 東急の宴会場エントランスに常設展示されている勅使河原蒼風の作品「いわと」。

とらわれない自由な心で、花のある暮らしを楽しむ

  • 「いけばな」というと、作法とかしきたりという言葉をまず思い浮かべて、堅苦しくてむずかしいものと想像する方も少なくないでしょう。
  • けれど、こういう祖父が流祖ですから、草月流は堅苦しいものではありません。花を楽しむのにルールはない。いけばなは、ある意味でとてもシンプルなものなんです。
  • ここに花を飾ったらどうだろうという場所が、皆さんの家にも必ずあります。そこに花を飾る。近所の花屋さんで買った花一輪でも、ベランダで育てている植物でも何でもいい。そう言うと、「器がないんです」とおっしゃる方もいますが、水を飲むグラスでもコーヒーカップでも食器でも、水の入る容器なら何だって花はいけられます。まずは家庭にある器に好きな花をいけて、家のどこかに飾ってみてください。何もなかったところに花を飾ると、その周囲の空間が必ず変わります。それだけで、立派ないけばなです。

いけばなは、潔くて、カッコいい。そんな素晴らしさを伝えたい

  • 飾るという意味では、彫刻でも人形でも、その場に合っていれば素敵だとは思いますが、いけばなはなくなってしまうものです。生きた植物ですから。お水をあげなきゃいけないし、手間もかかります。しおれたり枯れたり。
  • でも、それがいけばなの良さだと思うんです。そこに居座っているより、潔くて、カッコいい。その空間から消えてしまうと、ちょっと悲しくなる。ああ、なくなっちゃったなあと思うんだけど、それがいいんです。その空間にある時と、なくなった時の違いを感じることができる。色や形の美しさだけではなく、過ぎていく時間、時の移ろいを、いけばなを通して感じるわけです。
  • いけばなは自然の四季を、こういうホテルや家などの、人工的な環境の中に取り込む方法です。自然とともに生きる喜びを感じるのが、いけばなだということもできる。
  • それだけではなくて、季節を先取りすることもできます。「桜が咲く前に、ここで満開にしよう」と、まだ桜が咲いていない時期に、満開の桜をいけるというようなことを私たちはよくやりますが、そういう季節の先取りも、いけばなのひとつの楽しみ方なんです。
  • 単純に自然の美しさを楽しむということなら、あるがままの自然のほうがいいわけです。でもいけばなは自然の産物である植物に、人間の手を加えて変化させます。たとえば枝を切ったり、曲げたりして、そこに空間を生んだり、メリハリをつけたりして、何かを表現する。いけばなでは、この何かを表現するということをとても大切にしています。
  • 不必要なものを徹底的に削ぎ落として自然のエッセンスを表現するのか、それとも何かまた別の造形的な美しさを追求するのか。何を表現するのか、どんな想いを込めるかは人それぞれ。花はいけたら人になる、というのはそういう意味です。
  • いけばなといえば、かつては茶の湯や料理とならんで、花嫁修業の必須科目という扱いでしたが、そういう時代は既に過去。最近は、むしろ海外でのほうがいけばなの人気があるくらいなんです。世界各国に熱心な生徒さんや、いけばな作家がいます。先日もフィラデルフィアのロングウッドガーデンという広大な植物園で、竹の大きな作品を制作してきました。竹は私の父(草月流第三代 家元・勅使河原宏)が、福井で大雪に閉じ込められた時に見た竹の力強さにインスピレーションを受けて創作した時から、草月流を象徴する素材のひとつになったんですが、フィラデルフィアでも好評でした。
  • 勅使河原茜家元作品。2019年10月Longwood Gardens(アメリカ・ペンシルベニア州)にて。高さ9m×幅2.5mに及ぶ、竹のインスタレーション。
  • こうした、いけばなの素晴らしさをどう皆さんにお伝えしていくかが、私の今の大きな課題です。日本の伝統文化なのに、むしろ日本人がよくわかっていないというのはちょっとさびしい。ですから男性にも、ぜひ挑戦していただきたいですね。草月流の本部には男性向けの教室もあるんですよ。皆さん無言で、恐ろしいくらい集中して花をいけています。
    「僕はここにいる時が、本当に生きていると感じられる」と言う方もいらっしゃるくらいです(笑)。
  • 「茜ジュニアクラス」は30年の歴史がある。photo=Arisa Kasai
  • 草月のいけばなは「型」にとらわれることなく、常に新しく、自由にその人の個性を映し出す。いつでも、 どこでも、だれにでも、そして、ど のような素材を使ってもいけられるのが草月流。

    都市という人工的環境と草木花という自然物の調和と融合は、私たちの生活に潤いと豊かさをもたらす魔法の鍵になり得るのだ。

AKANE TESHIGAHARA

  • 2001年、草月流第四代家元に就任。
    草月流の創始者、勅使河原蒼風の孫娘として、幼い頃からその薫陶を受けて育つ。自由闊達な精神を大切にする草月流のリーダーとして、現代人の美意識やライフスタイルに調和した新しいいけばなの姿を追求する。海外での展覧会やデモンストレーション、他分野のアーティストとのコラボレーション、子どもたちの創造力を育てる「茜ジュニアクラス」や男性のための「男子専科」などを通し、いけばなの裾野と可能性を広げる活動にも尽力。

【SPECIAL INTERVIEW】

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