GOURMET

2019.11.15
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「恋する色彩」第三回

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  • Erika Matsubara
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  • ――ある日、王子様がお城で豪勢な舞踏会を開くことになりました。

    招待状はシンデレラの家にも届き、それを見た義姉たちは大喜び。朝から晩まで舞踏会について話しては、すっかりのぼせあがっていました。

    シンデレラは自分も舞踏会へ行きたい気持ちをぐっと抑えて、義姉たちを綺麗に着飾ってあげました。――
  • のちにその舞踏会でシンデレラは運命の出会いをし、王子様と結ばれることになります。たった一枚の招待状が、彼女の人生を大きく変えたのです。
    こんなおとぎ話のようなこと、起こるわけがないと思っていましたが…いつものように何気なく開けたポストの中に、素晴らしい出会いの鍵が入っていることもあるようです。

  • 重厚感ある「黄金色」の文字が躍る「宮殿の晩餐会」への招待状。
    宮殿風景を思わせる煌びやかな装飾が施された一枚を受け取ったその日から、晩餐会はもう始まっているのです。

  • 日常の中で手にした一枚の招待状から始まる、非日常との出会い。
    モナコ・スウェーデンのグランシェフを迎えて、チャリティガラ・ディナーが渋谷の夜を華やかに彩ります。
  • 恋する色彩。
    今日の私が出会ったのは、世界最高峰のシェフが願いの中に奏でた色たち。
  • 凛とした空気に心地のよい喧騒が織り交ざった会場は、どこかよそ行きの風。高揚感と緊張感で、私の五感はより研ぎ澄まされます。
    席で私を待っていてくれたのは「ガーネット」と「ルビーレッド」の存在感あるダリアと、しおらしい純白のカスミソウ。

  • 共に宝石の色からついた名前ですが、その強い色からルビーとガーネットはお守りとしても好まれた宝石だったようです。
    ちなみにダリアの花言葉は華麗・気品、カスミソウは親切・感謝。
    東北・熊本復興支援チャリティである今回のガラディナーにぴったりのフラワーアレンジメントになっています。

  • 遠く離れた国や地域で普段は全く別の暮らしをしている人たちが、同じ気持ちを抱き集まった今回の晩餐会。東北と熊本の豊かな食材を使った、スペシャルディナーが始まります。
  • アミューズブーシュは濃厚なフォアグラの旨みを閉じ込めたコンソメロワイヤル。
    「バーガンディ」になるまで煮詰められたポートワインから、甘い香りがふわりと花開きます。

  • 「バーガンディ」とは、フランス語色名で「ブルゴーニュ」といい、フランス南東部のブルゴーニュ産ワインの色を表しているそうです。なじみある茶碗蒸しのようななめらかさに、贅沢なトリュフの風味が効いた一皿です。

  • 続いて運ばれてきたオードブルは、一皿に4つのギフトが。
  • 仔鹿の毛皮のような色をさす「フォーン」のテリーヌは、石巻産のジビエを使用しています。鹿肉のこっくりとした旨みと甘めにマリネしたキノコで、濃密ながらも後味はあっさり。「カーマイン」のリンゴンベリーの爽やかな酸味が、可愛らしくぷちっとはじけます。

  • 「チャイニーズレッド」の“阿武隈川メイプルサーモン”は、その鮮やかな身に強い甘みとたっぷりの脂がのっています。

  • みずみずしいレッドビーツに重ねられたのは、「若葉色」を思わせる口どけふんわりの枝豆ムース。この「若葉色」は再生の色でもあり、どんなに冷たく枯れ落ちても、季節が巡れば必ず再生される緑の生命力を感じる色なのです。四季を味わう日本人にとって「若葉色」はどこか特別なように思えますが、常夏の国の人には、緑色に対するこのような感情はあまりないそうです。住んでいる国や地域によって、同じ色でも受け取るメッセージが異なるのは面白いですよね。

  • 「薄肉色(うすにくいろ)」をしたぽってり肉厚の三陸産帆立には、「オレンジ」のキャビアとも言われるロイロムが添えられています。細かく弾ける白マスの卵は、マイルドで控え目な塩気がとても上品。帆立の優しい甘みをしっかり引き立てています。

  • 三陸の帆立といえば、修学旅行で岩手県を訪れたとき、帆立の養殖体験をしたことを思い出します。閉じた貝に特殊な金具を差し込んで殻をむくという作業のお手伝いをしたのですが、これがかなり難しい。金具はなかなか入らないし、下手に入れると貝殻が欠けてますます開きづらくなるし、力任せにやると貝の中身が傷付いてしまいます。周りの友人がひょいひょいと作業を進める中、「絶対に帆立の身を傷付けてはいけない」という強迫観念から、忙しい漁港の方に助けを求め続ける始末。

    結局私は最後まで一つもまともに開けられませんでした。そのくせいっちょうまえに服と軍手だけ汚して、謎の達成感に浸って海を眺めていたのを覚えています。今思えば、お手伝いではなく、完全にただの足手まといです。けれど、その作業の後にいただいた帆立丼は旅行中の何よりも美味しかったし、こうしてまた三陸の帆立が食べられることにも心から感謝できるのです。
  • ふっくらとした熊本県産“みやび鯛”に、魚介の旨みが凝縮された「萱草色(かんぞういろ)」のサフランソースをからめていただくと、海の恵みに満たされます。萱草とは、百合に似たあざやかな橙色をした花の事です。美しい花は一日だけ咲くため、その儚さからか「忘れ草」と呼ばれ、物思いも忘れることができるとされていました。
    「葡萄色(えびいろ)」に茹だった東北のタコは、噛みしめるたびに程よい塩気と旨みが染み出てきます。「葡萄色」とは山葡萄の熟した深い赤紫色のことで、山葡萄の古名は「えびかずら」といわれたことから、えびいろと読みます。
    「卵色」のもっちり甘いニョッキは、熊本のさつま芋と福島の“インカのめざめ”を使用。イモ類をいただくと、ほっこりと温かい気持ちになるのは私だけでしょうか。

  • 遊び心も一緒に包み込んだ、岩手県産短角牛のパイ包み焼き。
    パイには甘いブリオッシュを使い、キノコと鶏レバーの層でエネルギッシュな旨みを味わえます。

  • サシが少なく赤みのしっとり食感を味わえる短角牛は、内側へ向かうにつれて「樺色(かばいろ)」からほんのり「紅色」へと色味を変えていき、まさに「紅樺色(べにかばいろ)」。
    薄茶色をさす「ヘイズル」のソースは、トリュフの香りをまといながらしっかりと牛肉に寄り添います。榛(はしばみ)の実であるヘーゼルナッツを由来にもつ「ヘイズル」は、日本ではあまり一般的ではないかもしれません。けれど、シェークスピアが「ロミオとジュリエット」のなかで「hazel eyes」 という表現を用いたことで、英語圏の小説には榛色の目をした人物がたびたび描かれるそうです。
    ちなみに、グリム版の灰かぶり姫(=シンデレラ)でも、主人公が助けを求めるのは魔法使いではなくハシバミの木でした。西洋で榛の実は食用や油の原料としても使われ、なじみがあったようです。

  • ハードタイプのチーズはヴェステルボッテンスオストといい、スウェーデン王室御用達。ジャリッと食感のあとから、コクのある苦みと塩気が口の中でとけ合います。優雅な香りと可愛らしい姿から愛されたジャスミンにちなんで、このような色を「ジャスミン」といいます。ジャスミンはもともと日本には自生しないため、この色名の訳語はありません。

  • 「白百合色(しらゆりいろ)」のカマンベールチーズは、熊本の“牧場の想い”。ぽってりとした口当たりで濃厚クリーミー、鼻から抜ける香りも豊かです。「白百合色」とは、黄みの白をいい、白百合は聖母マリアのシンボルで「純潔」を象徴しています。成分無調整でミルクのコクをしっかり味わえるところは、色名にどこか通じるところがありますね。

  • 添えてあるナッツやレーズン、イチジクソースと一緒にいただくと、この一皿で様々なマリアージュが楽しめます。

  • 「Or(オール)」のチョコレートに、「Feuilles mortes(フーイユ・モルト)」で印されたモナコの紋章が目を引くデセールは、モナコ大公も愛した逸品。
    オールはゴールド、フーイユ・モルトは枯葉色を意味するフランスの伝統色名で、フランスではこの二色の色合いを秋の配色としているようです。

  • レモンにかたどられた「檸檬色」のチョコレートをコツッとたたくと、中から爽やかなレモンムースが顔を出します。ふわっととろける食感はまるで淡雪。満月期に収穫された肥後の“月読みグリーンレモン”のピューレは、軽やかな酸味と豊かな香りがどこまでも広がっていきます。
  • 「支子色(くちなしいろ)」はみかんのソルベで、舌の上でスッと溶けると後からひんやり。軽やかな口どけで、ボリュームのあるコースの後でもペロリといただけます。梔子(くちなし)の実は熟しても皮が口を開かない事からこの名がつけられました。そのため「支子色」は「謂わぬ色(いわぬいろ)」という別名をもち、口が無ければ何も言えないという当時の洒落を利かせた色名でもあるのです。
  • お腹がいっぱいでも、食後のお菓子はいつだって別腹です。
    今宵のコースを締めくくるのは、可愛らしくも気品ある、三つの宝石です。

  • やわらかな温かさを感じる搾りたての乳のような「乳白色」をしたショコラは、澄んだ空を思わせる「シアン」で描かれたスウェーデン王室の紋章入り。
    一口かじると、クリームの甘さの中にコーヒーのほろ苦い香りを感じます。
    「シアン」は「イエロー」「マジェンタ」とともに混色の3原色とされ、色を構成するうえで非常に大切な役割を持つ色でもあります。

  • 「朱色」のアクセントが映える、わずかに灰色がかった乳白色である「真珠色」のマカロンは、仙台味噌を使っています。味噌の厚みある風味はそのままに、まろやかな塩気がなんとも上品で、味噌の新たな表情を見つけた気がしました。
  • 明るい茶色をさす「Café crème (カフェ・クレーム)」の“モナコの王冠”チョコレートは、モナコ公室御用達だそう。カフェ・クレームとは世界中で愛されているオランダ製の葉巻ブランドで、クリーム入りのコーヒーもカフェ・クレームというそうです。ぽってりなめらかなガナッシュが、まったりとした幸せな気持ちにしてくれます。
  • 甘いものは人々を魅了し、笑顔にします。ときに疲れた心を元気づけたり、感謝の気持ちを伝えたり、愛を語ったり…私たちはいつも、その小さなお菓子に大切な願いを込めるのです。
    モナコ・スウェーデン・日本の美しい宝物が一枚のお皿に集まったとき、どこか温かみのある絆を感じます。「これからも、共に歩んでいこう」そんな言葉が聴こえてくるのです。
  • たとえ小さな願いでも、三つが寄り添えば祈りにかわる。
  • 世界最高峰のシェフがガラ ディナーに込めた想いは、そこにあるのかもしれません。
  • 右から順にセルリアンタワー東急ホテル総料理長:福田順彦、モナコ公国アルベール2世大公専属料理人/宮殿料理長:クリスチャン・ガルシア(Club des Chefs des Chefs代表)、スウェーデン王国カール16世グスタフ国王専属料理人/宮殿料理長:マグナス・レーベック(Club des Chefs des Chefs所属)
  • 私たち日本人は、寒い冬がどんなに長くても春がまた必ずやってくることを知っています。生命の息吹を感じ、新緑が青々と逞しく茂る季節が訪れることを信じることができるのです。シェフたちがインタビューで語った「東北・熊本の人々は、強い」という言葉に、春が来ることを信じ続け、復興に向かって歩みを止めない被災地の皆様への敬意を感じました。
  • 一枚の招待状が導いてくれた出会いと気付きの夜を、私は一生忘れることはないでしょう。この日を思い出す度に、この夜を語る度に、東北・熊本のことを想うのです。たとえ記憶のままでは風化してしまうことも、想い出にすればずっと心に刻まれ続けます。
    そして、シェフが語った「強い」という言葉の真意を、私たちで紐解いていかなければいけません。
  • なぜなら、復興は「彼ら」の未来ではなく、「私たち」の未来なのだから。
  • 恋する色彩。きっと私は、明日も恋をするでしょう。
  • ※取材は、2019年10月14日に開催された『東北・熊本復興支援チャリティ ガラ・ディナー「宮殿の晩餐会」~モナコ・スウェーデンのグランシェフを迎えて~』にて行われました。
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  • 参考文献…『色の名前辞典507』(著:福田邦夫、発行:主婦の友社)、『フランスの伝統色』(著:城一夫、発行:PIE International)

「恋する色彩」

松原江里佳


  • 松原江里佳(フリーアナウンサー)
    1989年5月5日生まれ。東京都出身。
    札幌テレビ放送でアナウンサーを務め、2015年フリーアナウンサーに。現在は日本テレビ「news every.」リポーター、FMヨコハマ「COLORFUL KAWASAKI」にレギュラー出演の他、日本テレビ「踊る!さんま御殿‼」、「今夜くらべてみました」等のバラエティー番組にも出演。テレビやラジオ、イベントの司会など様々な場で活躍。色彩検定1級、カラーセラピストの資格も持つ。
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