GOURMET

2021.11.12
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Gourmet Explorer Itoshima, Fukuoka
美食評論家・中村孝則が巡る食材の宝庫・糸島

自然に囲まれながら、福岡市内からも近い糸島。世界・アジアの「ベストレストラン50」の日本評議委員長であり、食やラグジュアリーの分野でコラムニストとしても活動する中村孝則さんが、公私ともに親交がある福山剛シェフの紹介で、この地の生産者を訪ねました。
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  • Mayu Yasunaga
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  • Kenta Kawasaki
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  • 福岡市内から都市高速・西九州自動車道を経由して、車で約30分。糸島市の中心部から海側へ向かい、20〜30分ほど走ると、糸島のビーチサイドに到着する。

  • 「糸島」という地名から海に浮かぶ島を想像する人も多いが、実は島ではなく半島。福岡市内から短時間でアクセスできるのも人気の秘密だ。北側には玄界灘。南側には清らかな水が流れる雷山。糸島はまさしく、海と山に囲まれた〝食材の宝庫〞なのだ。

  • 福山シェフに教えてもらった、とっておきの生産者を訪ねて中村さんが最初に向かったのは志摩芥屋(しまけや)と呼ばれるエリア。松林が続くロードサイドをさらに海のほうへ。光が反射して輝く、透き通った海を眺めながらドライブを続けると、「またいちの塩 製塩所 工房とったん」が姿を現す。

  • 製塩所をオープンしたのは20年以上前。創業当時から、立体式塩田を使った昔ながらの方法で製塩を続けている。代表の平川秀一さんは、和食の職人として働いていたときに料理について考え抜き、その究極ともいえる塩の世界にたどり着いた。

  • 「この工房の前の海は、玄界灘の内海と外海がぶつかり合い、山と海の豊富なミネラルが混ざり合う場所。海がきれいに澄みわたる日に、塩づくり用の海水を汲み上げます」

  • その機会は月に何度もあるわけではない。長年の経験で、そのチャンスを見極める。汲み上げた海水は、竹で造られた立体式の塩田にゆっくりと伝わせ、1週間から10日間かけて天日干しする。この作業を何度か繰り返すうちに、海水はじっくりと濃度を上げる。

  • 十分に濃縮された海水は平釜に移し、丁寧にスープを作るように、ゆっくりと煮詰めていく。数日経ち、海水が飴色になりはじめる頃、ようやく塩の結晶が現れる。結晶は木樽で1日寝かせ、にがりと塩に分けて仕上げの工程へと進む。

  • 釜を炊く時は、ガスではなく薪を使う。「ガスを使えば安定するし簡単ですが、味はまったく別物です。創業してからずっと私たちはすべて手作業。ひとつひとつのちょっとした違いが大きな違いを生むんです」と平川さん。

  • 一連の作業を見学した中村さんは「身体も感覚もフルに使うハードな営み。本当に大変な、しかし素晴らしいお仕事ですね」と敬意を表した。工房では製法や配合を変え、約10種類の塩を生産する。また、工房から車で20分ほどの場所には食事処「ゴハンヤ イタル」や喫茶室「sumi cafe」といったイートインスペースも。お土産を探すなら、「またいちの塩」や食品類を販売する「塩三郎商店」で。この秋オープンの塩そば店「おしのちいたま」に立ち寄るのもよい。

  • 糸島半島の南西に面した製塩所。この奥に立体式の塩田がある。

  • 熱気がこもる工房で、飴色の海水に浮かんだ塩の結晶をすくう代表の平川さん(右)と中村さん(左)。結晶はきれいな真四角。

またいちの塩 製塩所 工房とったん

  • 住所:福岡県糸島市志摩芥屋3757
    TEL:092-330-8732
    www.mataichi.info
    ※Webサイトで最新情報をご確認の上、お出かけください。

  • 次に向かった「久保田農園」は、糸島でハーブや野菜を生産する農園だ。先代が約50年前に創業。県南部の久留米から、霜が降りない土地を求めて糸島へ移ってきたそうだ。

  • 当初は大葉専業だったが、福岡でホテルや洋食レストランが増えた1980年代に現代表の久保田真透さんが中心となってマイクロ野菜の栽培を開始。現在、常時栽培する100種以上のうち、6〜7割をハーブや西洋野菜、マイクロ野菜が占める農園だ。

  • マイクロ野菜といえば、近年ファインダイニングで重宝されている貴重な食材。ここで中村さんと合流した福山シェフ自身も、久保田農園のハーブや野菜を長年愛用している。

  • オキザリス、ペンタス、アマランサス……。ハウスの中で育てられるマイクロ野菜やエディブルフラワーは、小さくても強い香りを放ち、個性的な味わいを残す。例えば、茎ごと手摘みしたフェンネルの花。ハウスで味見をした福山シェフは「甘くて香りが抜群ですね」。続いて中村さんも「アニスのようなフレーバーを感じます」と、思わず顔をほころばせた。

  • スナップエンドウのスプラウト、ピーテンドリルはヒゲの部分がユニークな形状で、ファインダイニングでもよく使われるマイクロ野菜。そのほか、セロリや青ジソ、クレソン、九条ネギまでもマイクロサイズの苗があり、そこはまさに未知なる世界だ。

  • 「ピンセットを使って皿を彩るような料理には、こういった食材は欠かせません」と中村さんが言えば、「こうした強い個性は飾りとしての役割にとどまらず、味のアクセントのひとつとして有効」と、福山シェフ。

  • 平川さんが作る「またいちの塩」と久保田さんが育てるハーブや野菜は、まさに海と緑に囲まれた糸島の土地ならではの宝物なのだ。

  • このほかにも糸島半島の食材は、魚や肉、日本酒など今回の訪問だけでは語り尽くせない。雄大な自然に秘められたポテンシャルに、今では国内外の人々が熱い視線を注ぐ。

  • 「糸島の自然や食材の圧倒的な魅力に改めて驚かされました。海の青さや心地よい潮風、二見ヶ浦の見晴らし。本当に豊かな土壌だと実感しました。糸島に移住者が多いというのも納得。福岡市内に1ヵ月くらい暮らして週末に遊びにくる。そんな生活もいいですよね」と、今回の滞在を締めくくった中村さん。

  • 大自然に抱かれた糸島の食材は、世界のトップレストランを知り尽くす美食家の舌をもすっかり虜にしたようだ。

  • 出荷前のアマランサスについて尋ねる中村さん(左)と代表の久保田真透さん(右)。種を植える際にほどよい間隔を取るのがうまく育てるコツだそう。

  • ハウス内のフェンネルの畑を案内する代表の久保田さん(右)と、食材を目の前に真剣な眼差しの福山シェフ(左)、中村さん(中央)。

  • 福山シェフがこの日に仕入れた野菜とハーブ。

  • 福山剛シェフ(左)のレストラン「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」で久保田農園のハーブと大分・湯布院のサーモンを使った料理を楽しむ中村さん(右)。ドリンクには、シャンパーニュと同じ製法で作られるクレマンロワールをカクテルグラスで。

久保田農園

  • 住所:福岡県糸島市志摩桜井5124
    TEL:092-327-0559
    kubotafarms.com
    ※Webサイトで最新情報をご確認の上、お出かけください。

行列必至の人気市場「伊都菜彩(いとさいさい)」

  • 行列必至の人気市場「伊都菜彩(いとさいさい)」
  • 登録生産者1,500人以上、2,000種以上の商品を販売するのが「JA糸島産直市場 伊都菜彩」。糸島産の新鮮な野菜や果物、加工品などが揃う。店内には精肉店と鮮魚店を併設。開店前には平日でも行列ができるほど人気で、午前中に売り切れる商品も多い。入荷数の増える週末の早い時間に来店するのがおすすめ。
    住所:福岡県糸島市波多江567
    TEL:092-324-3131
    営業時間:9:00~18:00
    定休日:年始

TAKANORI NAKAMURA

  • 世界・アジアの「ベストレストラン50」日本評議委員長。食やラグジュアリー分野でコラムニストとして活動するほか、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」公式CF出演やベスト・オブ・コロンビア大使など多彩に活躍。剣道教士七段の腕前。

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